何もしないメソッド「押してダメなら引いてみる」

hiku

【目次】

  1. 押してダメなら引いてみな
  2. 「何もしない」をしてみる
  3. メソッド「一回だけ」
  4. とあるスピ人間の童話
  5. なにもかも、いずれ過ぎ去る

どこかの恋愛系ブログみたいな記事タイトルですが、このブログにもついに「恋愛」カテゴリーができました!

というのは本気で冗談です、餅は餅屋、恋愛は恋愛系ブログ、ここは地味スピ系ブログ。

住み分けって大事~。

今回の記事は、自分でもかなりのキレイごとだなと思います。

でもこのブログの一番の読者は私自身なので、もしもいつか、うっかり悩みにはまった時のために、自分のための処方箋として書いておきます。

押してダメなら引いてみな

「もっと~すれば」「〇〇が手に入れば」「あれが欲しい」「これがしたい」「それが~じゃなく、・・・だったらいいのに」

もっと、たくさん、あれも、これも、それも、なにもかも、全部。

でも、本当にそれが必要?

5年後、10年後、死ぬ一週間前、その時もまだ「欲しい」って思ってるのかな?

努力してるのに結果が出なくて、あせってる、空回ってる、そんな自分に気づいたらこれを言ってみてほしい。

  • 押してダメなら引いてみな~♪(恋の達人みたいに)
  • 急がば回れだよ(人生の何たるかを知りつくした老人のように)
  • 残りものには福がある・・・♪(仲良しの親戚のおばさんみたいに)

「引く」ことで浮いた時間を、「感謝」「自分の味方」「褒め日記」に使いましょう。

あえて「何もしない」で流れにのってみるのもありです。

「何もしない」をしてみる

「何もしない」努力

日本人は真面目な人が多いので(私のぞく)、どうしても願望実現する「ために」努力したり、がんばったりしちゃうんです。

努力がDNAに組み込まれてるんでしょうか。

私の場合は、がんばって何かをしても、うまくいかなかった事はたくさんあります。

結果が出たら幸せで、結果が出ていない状態の「今」は幸せじゃないと思っていました。

まだやれる、もっと頑張れる、前に向かって、上を目指して、って。

でも、本当は「今のまま」で良くて、「このまま」で良くて、それで良くて、あれで良かった。

ただ、その状況にいて悩んだり苦しんでる人にとっては、そんなのキレイごと以外の何ものでもない。

でも、あえて言わせて欲しい。

努力するんだったら、「何もしない」努力をしてください。

がんばりたいのだったら、がんばって「何もしない」でください。

救われたいとスピに手を出す人は、真面目だったり努力する人が多いので、「抵抗しない」努力をしてみるんです。

これなら、なんとかできそうですか?

以下のリストを、一字一句、丁寧にゆっくりと心の中で読んでみてください。

その後、あなたの心が不安になるか、安心するか確認してみましょう。

  • 思い込みを捨てる
  • (相手を)変えようとしない
  • 考えない
  • 期待しない
  • 苦しまない
  • (出来事を)コントロールしない
  • 罪悪感に酔わない
  • 執着しない
  • 心配しない
  • 抵抗しない
  • (無駄な)努力しない
  • 悩まない
  • (良い悪いを)判断しない
  • 否定しない
  • 不安にならない

どうですか、今の心はどんな感じですか。

もう頑張らなくていいんだ、って安心しませんか。

それとも、不安になっちゃうかな。

あなたは悩まない状態が怖いのですか。

苦しまない自分を認めることは難しいですか。

でも、今日一日だけでいいから、やってみて欲しいです。

できれば「これからずっと」なんだけど(要求の差が大きいね)。

最初はコツコツ、「・・・しない」努力が必要かもしれませんが、そのうち「こんな努力アホらしい、なるようになるよ」と思える時がくるかもしれない。(こなくても問題ないけど)

そしたら無駄な努力なんてやめちゃいましょう。

自分の人生を全肯定する

次は、以下のリストを同じように心の中で読んでください。

  • ありのままでいい
  • 今のままの私でいい
  • 変わらなくていい
  • このままでいい
  • これで良いのだ
  • それでいい
  • あれで良かったんだ
  • すべて良し
  • なにもかも、いずれ過ぎ去る

自分に対して、全力でOKを出してあげるんです。

自分の人生を全肯定するんです。

見方を変えるの、落ちこんでる友人を励ますみたいに、自分に接する。

例を書くよ。

  • 「これしかできなかった」→「これだけできた」
  • 「あんなに頑張ったのに、何にもならなかった」→「頑張ったことに意味がある。次への糧になる」

ピンチはチャンス、もし悩んでるならこの際だから、出来事に対して考え方を変える癖をつけちゃいましょう。

こんな感じで。

  • 受け入れてみる
  • 体験を味わってみる
  • 楽しんでみる
  • 笑い飛ばしてやる

最初はつらかったり、うまくできなくて諦めそうになったり、あるかもだけど、何事も体験だから。

私が体験したことと、あなたが体験することは同じじゃなくて、あなたにとって本当に意味があるのは「あなたの体験」ですから。

神羅万象は慈悲深い

神羅万象は時に厳しいけど、こっちが素直になったら結構慈悲深い。

相手(出来事)を傷つけたら(否定・抵抗)、めっちゃやり返される(責任転嫁して逃げても、地球の裏側まで追ってきて現実を突きつける)。

だから諦めて向き合う(受け入れる)が吉。

不都合だったり、思い通りにいかない出来事を「へ~、なるほど~」って流すというか、おもしろがるというか。

好きな人にはツンデレになっちゃう人、森羅万象に対しては素直になることをおすすめしますよ。

メソッド「一回だけ」

「こんな事になって大変だ」という思考がやってきたら、「本当に大変なのか」と疑ってください。

でも良い悪いを判断するのは人間の癖みたいなものだから、うっかり判断しちゃっても自分を責めないこと。

自己否定、ダメ、絶対。

なので、出来事に良い悪いの判断をくだすのを、お試しに「今回だけ」やめてみる。

出来事がただ「ある」のだ、と知ってみる。

今までと違う取り組みは、最初は「今回だけ」やってみる精神でいきましょう。

子供のような好奇心で、一歩チャレンジしてみるんです。

名付けて「今回だけ(一回だけ)」メソッドです。

別れ際に「最後に一回だけ」とか寝言を言ってるダメ彼氏(これも良い悪いの判断の例だな)みたいな名前ですが・・・。

こちらは「最初」に一回だけ、あっち(ダメ彼)は「最後」に一回だけ、という違いがありますので、間違えないでください。

たった一回だけやってみてうまくいった。

それを「一回だけのこと」と過小評価しないでください。

一回目の勇気が、二回目のチャレンジに繋がります。

二回目は三回目の効果を高め、三回目は四回目の効果を強めます。

一歩踏みだしたら、いつかゴールするのは確かなことです。

とあるスピ人間の童話

私たちは見当違いの努力を繰り返してきたのです。

もうここらへんで、努力の方向性を変えてみませんか。

変えないとどうなるのか、たとえ話をしてみます。

一人のスピ人間の誕生

あるところに、一人の人間がいました。

その人は、悩みだらけの毎日から解放されたくて、スピリチュアルの世界に足をふみ入れました。

チャネリングとか、ヒーラーとか、天使と会話できるとか、神様と会話できるとか、最初は何もかもが新鮮で、引き寄せの法則にも手を出して、スピ的な目標もできました。

「私もチャネリングしてみたい」「天使の声をきいてみたい」「愛にあふれたヒーラーになりたい」

そして、その人は色んなメソッドに手を出して飽きたら次、を繰り返しながら、スピのはじっこで右往左往する10年を過ごしました。

10年後のその人

そしていまだに、その人はチャネリングはできないし、天使の声もきこえないし、ヒーラーにもなれていないのです。

その人が本当に「なりたかった」もの、「手に入れたかった」ものは、いったい何だったのか。

不安定な「人気者」になりたかったのでしょうか。

それとも、「名誉」というはかない夢まぼろしを手に入れたかったのでしょうか。

私にはその人が本当の意味で幸せなのか、幸せじゃないのか判断できません。

でも今のその人は小さなことで喜んで、「思い通りにいかない」出来事が起きても知らん顔で、無邪気な子供みたいに「今日」の中で遊んでいます。

たまに「大人」の部分が幅をきかせて、「コントロールしなくちゃ」とあせっているのですが・・・。

天才的に飽きやすいので、すぐにコントロールするのを諦めて、再び「今日」と遊ぶのに夢中になっています。

願ってもいなかった小さなことに喜んで、悩んでもそれをおもしろがっています。

10年前の願いが全部叶ったわけでもないのに、その人の心は軽くて、よく笑っているみたいです。

ということは、それらの願いは見当違いな願いだったのかもしれません。

それは誰にもわかりません・・・、もちろん、私にも。

沈黙は金

さあ、その人が誰なのかお分かりになりますでしょうか。

答えが分かっても、あえて沈黙してください。

このブログの平和と、管理人の名誉のために。

なにもかも、いずれ過ぎ去る

朝、「怒り」がやってきて、そのうちそれは過ぎ去りました。

心に「空白」が生まれました。

昼、「喜び」がやってきて、それは少し長くとどまりましたが、やはりそれも過ぎ去りました。

心が「無」になって、おだやかになりました。

夕方、「悲しみ」がやってきて、いつのまにかそれは過ぎ去りました。

心が「からっぽ」になりました。

夜、「喜び」が再びやってきて、再び過ぎ去っていきました。

心は、思考と思考の間の「空白」の中で、安心して眠りにつきました。

静かな「無」の中で、「在る」がウォーミングアップをはじめました。

【在る】:「俺のターンがきたな」