「与えよ、さらば与えられん」は法則である

プレゼント

いろいろな本を読んで最終的にたどり着いたのは、幸せになりたいなら「物事に対する執着をなくす」のがよく、そのために一番良い方法は「自分が得る前に、相手に与える」ということでした。

以前の私は「与えよ、さらば与えられん」という有名な言葉を、実行するのが難しい夢物語だと思っていました。

「いいこと言ってるけど、現実問題として与えてばかりでは損をする」という考えだったのです。

そういうわけで、その言葉が本当なのかどうか確かめることもしない人生を送っていました。

あることがきっかけで少しずつ人生が好転し、今では「与えることなく生きても、人生は無意味だ」とさえ思っています。

私自身、いつも実行できているわけではないのですが。

仲のいい人に与えることは簡単なんですが、苦手な人に与えるのは罰ゲームに近いので、人間として未熟だなと思っています。

今回は、寄付したことで停滞していた人生が流れ出した時のことを書きます。

【目次】

  1. 「与える」ことによって、自分が救われた話
  2. 「与えよ、さらば与えられん」は法則である
  3. ただひたすら与える

「与える」ことによって、自分が救われた話

以前は、人へのプレゼントにあまりお金をかけなかったし、寄付は「お金が余っている人」がすればいいと思っていました。

大震災があった時でさえ、寄付するという考えは少しも浮かびませんでした。

不安や悩みが多い毎日で、自分のことで精いっぱいだったのです。

部屋の中は不要な物がいっぱいあって、長期間にわたって過食をしていました。

目が覚めている時間が本当にいやで、安心できるのは眠っている時だけでした。

この状況から抜け出したいと思っていても、何から手をつけて良いかわからなくて、「こんな生活をずっと続けていくのかな」と思う毎日でした。

そんな私が、ある時発展途上国の支援団体に寄付したんです。

まるで、「何者か」につき動かされているようでした。

その時から現在までの流れを振り返ると、その時の寄付行為は私の意志というよりも、もっと尊い存在の導きだったように思えます。

「何者か」が私を救うために、私にそのような行動を取らせたのです。

そうとしか考えられません。

その当時の自分にとっては、出すのに勇気がいる金額でした(といっても、諭吉さん一枚です)。

その後、宝くじがあたったとか、大富豪に結婚せまられたとか、壮大な夢物語が展開されたわけでは全くないです(期待した人、すみません)。

ただ、引っ越したいのに面倒くさくて物にあふれた汚い部屋にダラダラ住んでいたのが、ある日いきなり行動力が出て部屋探しをはじめました。

それまで引っ越しに満足したことがなかったので、「どうせ予算内じゃ希望通りのところなんか見つからないし」と思っていたのに、願いごと手帳に書いた希望条件を満たした物件があっさり見つかってびっくり。

しかも人気があってめったに空きが出ないそうで、すごくラッキーだと言われました。

予算内、間取り、隣人、環境とか望んだ通りで「こんなに思い通りにいくことってあるんだ」とすごく驚いたのを、今でも覚えています。

それから数年たち、生活全般が少しずつ好転しています。

まわりに住んでる方がいい人ばかりで、幸せだなって思います。

昔は色んな悩みがあって、「幸せになりたい」「こんな人生から解放されたい」とずっと思っていました。

でも今は、自分はそれなりに幸せだと思えるし、気持ちに余裕ができたので「与える」ことをあまり躊躇わなくなりました。

あの時、寄付をせず引っ越しもしなかったら、私は今でも大きな不安を抱えたまま生きていたかもしれません。

あれは間違いなく、私の人生の転機でした。

「与えよ、さらば与えられん」は法則である

「ヒマラヤ聖者の生活探求」に、「与えよ、さらば与えられん」は法則であるという話が書かれていたので紹介します。

またソロモンを思い出してごらんなさい。彼は(中略)我が為ならでひたすらに人の為に奉仕せんことを願ったのです。このことによって彼は前代未聞の富を得、その上彼の求め得る力以上の長寿と名誉とを得ました。

(前略)与えることによってわたしたちは因果応報の誤つことなき法則を発動させます。与えればたとえ返礼など全く考えていなくても返礼をさけることは不可能です。なぜなら、あなたが与えた豊かさはあなたに返ってきて初めて法則が成就するからです。『与えよ、さらば与えられん、量りをよくして押し入れ、ゆすり入れ、溢れ出るまでに計りをよくして汝の胸に与うベし。汝の計るものを以て汝も又計らるべし』とある通りです。

ベアード・T・スポールディング「ヒマラヤ聖者の生活探求」第1巻

法則といっても、与えたから見返りがあるというのではなく、「何も心配しないで与えなさい」という意味にとらえています。

「なくなることを心配しなくていい」と考えるようになったら、生きるのがすごく楽になりました。

ただひたすら与える

与えた相手から何もかえってこなくても、損をしたわけではありません。

必ず、何らかの形で「対価」は受け取ることになります。

私は見返りを求めず誰かに与えた後、必ず物事がうまくいきます。

予想外の展開が起きたり、奇跡的にトラブルを回避できたり、不思議なことをたくさん体験しました。

「与える」ものはお金じゃなくてもいいと思います。

誰かがつらい思いをしていたら話をきいてあげるとか、誰かの手伝いをするとか、そういうことでも全然OKですよ。

相手を思う気持ちがある、それが一番大事なんだと経験からわかりました。

ギブ&テイクが普通なのかも知れません。

でも「ギブ&ギブ」ってすごく気分がいいですよ。

ただひたすら与える。

何の見返りも期待せず。

なのに、たくさん返ってきたり、物事がうまくいくんです。

生きていくことは、最初は愛せなかった人や物事を、少しずつ愛せるようになるための旅路みたいなものだと今は考えています。